業務内容

小さな大工のひとりごと

更新日:

 

タウンニュース茅ヶ崎版に掲載しているコラムを集めました。

毎月、3週目くらいに載せています。

 

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優しい風

 

悩んでいることがあった。

長年やっていると、やたら安くしろとか礼儀のない電話もある。

そういう仕事はもうしない。

私は正直で不器用な自分のやり方を崩したくない。

でも辛くなる時もある。

いつものおばあちゃんの仕事に行く。

愚痴など言えないから黙っていた。

元気がない、どうしたと聞かれてつい語ってしまった。

おばあちゃんはそかそかと聞いていた。

やがてぽつぽつ話してくれた。

私なんか腰も痛いしあと何年生きるかわからない。

娘もこない。

でもお天道さんが光をくれる。

あんたは困った人を放っておけない。

わかる人はわかってくれるよ。

涙をこらえたけれど次の一言でだめだった。

「大丈夫。徳を積んでいるんだよ」。

優しい風が吹いた。

 

真面目すぎると人を許せなくなる

植木の剪定の仕事だった。

毎年頼んでくれるおばあちゃん。

終わったつつじの花芽をとり松の枝を降ろす。

おばあちゃんはいつも私のそばで草をつんだりしながらいろいろな話をする。

電話がかかってきた。

安くしろとか礼儀のない感じだったから私は断った。

それを聞いていたおばあちゃんはさりげなく娘さんの話をしてくれた。

真面目で優しい子なんだ、だけど真面目すぎて人を許せなくなる面がある。

お説教ではないから、すっと心に入ってきた。

そのさりげなさ。

さすがだと、私は感動した。

おばあちゃんはお茶にしましょうと立ち上がり、「ああ腰が痛い」と背中を叩いてほほ笑んだ。

しわくちゃの顔が一層くしゃくしゃになった。

 

団子

軒天を直してほしいといつものおばあちゃん。

次の日行くと娘さんがでてきて今団子を買いに行っているという。

とにかく仕事。

梯子で登り屋根の下の軒天のはがれかけたやつを張り替える。

ふと見ると、おばあちゃんが乳母車のものすごい音で近所中をたまげさせながら歩いてきた。

お孫さんの古くなった赤いジャージがよく似合う。

以前おいしいといった団子をわざわざ買いに行ってくれたのだ。

娘さんのさっきの言葉が突き刺さる。

「腰痛いのに」。

人のことをまず考える。

思いやる。

この人は日本人だ。

人っていい。

後でタイヤに油をくれてやろうと思いながら、私は腰の曲がったその姿をまっすぐに見た。

目をそらしてはいけない気がした。

 

さつまいも

長いおつき合いのおばあちゃん。

セールスがきて屋根がどうとか言われ、心配で電話してきた。

屋根に上ってみたらなんでもない。

「俺は大工だ、大丈夫です。直す必要ない。何かあればすぐきますよ」

最近多いセールスだ。

仕事はロマンだ。金儲けじゃねえ。

よかったよかった、お茶でも飲んでいけと縁側で一服。

昔話を聞かせてくれた。

空襲で防空壕に隠れた時、小さかったおばあちゃんはお腹すいた、怖いと泣いた。

知らないおじさんが薩摩芋をくれた。

自分も食うものに困る時代だ。

少ししてそのおじさんを町で見たとき、おじさんは足がなかった。

おばあちゃんのお母さんはおじさんのところに毎日ご飯を運んだそうだ。

人はすごい。

 

 

人と人

塗装を頼まれた。

平屋なので足場は組まない。

ひとりでゆっくり塗った。

この仕事を始めておかげさまで21年、リフォームも始めた。

多くの依頼が増えてきたからだ。

別の日、私は出かけた。実はここのおばあちゃんは入院していて帰ってくる。

遠くに住む娘さんがサプライズで私に頼んできてくれた。

だからおばあちゃんには内緒だ。

人っていい。

車で送られて車いすのおばあちゃんはすごいすごいと手を叩いていた。

その姿と娘さんの悦ぶ顔に泣きそうになる。

お蕎麦をいっしょに食べた。

おばあちゃんの目は赤かった。

涙目になって洟がでてきたから、ワサビが効いたとごまかした。

面倒くさいから、蕎麦と一緒にすすり込んだ。

 

もろこし

その日も私はステキな人と巡り合えた。

庭の一部、芝が茂っていて面倒みきれないからなんとかしたいということだった。

私は芝をはぐってきれいな砂利を敷くことを提案。

「まあうれしいわ」

「お願いね」

この人は感謝と人のいいところを見て生きている人だとすぐわかった。

最近はお金がどうとかぎすぎすした依頼が多く疲れちゃってたところだった。

汗だくで芝をはしょる。

暑い。
汗がしたたり落ちる。

お茶にしましょうと、いっしょに飲む。

トウモロコシを茹でてくれてうまいったらない。

私のために茹でてくれたのだ。

うれしいうれしいといっている。

せちがらい世の中にいるのにこんなにおおらかだ。

すごいなあ。。。

こういう人に、私もなりたい。

 

思いやり

先日の風で屋根が飛んだり植木が倒れたりとても忙しい。

電話が鳴りっぱなし。

いつもひまなのに。

「早くしろ」「すぐにこい」

私だって手は二本だし頭はひとつだ。

その性能も決してよくない。

困ったなあと頭を抱えているとまた電話。

いつものおばあちゃん。

玄関が開かないらしい。

それでもうちはあとでいい、あんたも大変だろう、体に気をつけなさいと繰り返す。

ごちごちしていた胸の奥に小さな灯りがともった。

私はタオルをねじり頭に巻いた。

おばあちゃんの家に車を走らせる。

金儲けなんかしねえ。

「困った」に一生懸命対応しよう。

ポンコツは、唸りをあげて5月の風を追い越した。

 

家族のだんらん

最近ウッドデッキを作ってほしいという依頼が多い。

洗濯を干したり、ワンちゃんを遊ばせたり、食事をしたり、バーベキューをしたり、寝ころんだりと用途が多いからかな。

私は組む前にペンキを塗る。

そうしないと接合面が濡れないからだ。

おかげさまで来月で創業20年になるから口はばったいけど信頼みたいなものができてきたようだ。

だからほとんどお任せだ。

無理に複雑にすることはない。

シンプルで長持ちして丈夫ならいい。

もしかしたら、遠くに嫁いだ娘さんがきたときにここでわいわいバーベキューでもするのかな。

いつもひとりのこの人が、しわくちゃの顔がいっそうしわくちゃになるのを想像しながら作った。

胸がじんわりした。

 

当たり前に生きる

私は19年この仕事をしてきてとても多くの方と接することができた。

それでわかったことは、人として当たり前に生きているひとはしあわせにとっても近いということだ。

きちんとご飯を食べる。

無理をしない。

人を思いやる。

みんなが幸せになればいいと思っている。

お天道さんに恥じないようにと暮らしている。

たんたんとしていて、堂々としている。

やさしくて、温かい。

そういう方と接していると、いつも心がほっこりする。

しあわせって仕合わせで、天命と人生を合わせるという意味らしい。

私もこの仕事を地道にやりながら介護の勉強をしている。

困っている人がいなくなればいいなあ。

苦や荷やさみしさが少しでも癒されればいいなあ。

 

おかげ様で、私はこの仕事を始めて18年になる。

もうなのか、まだなのかわからないがとにかく、一〇年やっているとそれなりに知ってくれている方も増えた。

買い物に行くと挨拶をしてくださる。

車で走っていると、クラクションを鳴らしてくれたり手を振ってくれる。

だから鼻くそもほじれない。

別に芸能人でもなんでもないのに。

この間、外で仕事をしていると近所のおばあちゃんがわざわざお茶を持ってきてくれた。

「みんな頼りにしてるのよ」その言葉は、私の心を鷲掴みにした。

みんながこんなわたしによくしてくれる。

泥まみれの私は仕事の手を止めて茅ケ崎の夏の空を仰いだ。

くすの木に止まっていた蝉が鳴き上げる。

私は、首にかけたタオルで汗をふくふりをして涙を拭いた。

椅子

いつも頼んでくれるお客さんがいる。旦那さんがいなくなってから一人で暮らしている。

少しだけ小さくなったけど、ひとりぼっちで暮らしている。

私は、行くといつも左側の椅子に座りお茶をごちそうになる。

そこは旦那さんの席だ。

お菓子を食べおしゃべりをして、私は帰る。

その後その人はひとりでご飯を食べるのだろう。

独り言を言ったりするのだろう。

左側をちらりと見たりもするのだろう。

それが毎日繰り返されるのだろう。

壁には夫婦ででかけた旅行の写真が飾ってある。

きっとその小さな体には想いでがいっぱいで、海を見たり本を読んだりしなくても、失うことのない大切なものがちゃんとあるのだろう。

私たちが暮らしていくというのは、たぶんそういうことなのだろう。

写真の笑顔は、本当に、まぶしく見える。

 

虫歯

私はその日さる業者さんの依頼を断った。

いくら稼げる仕事でもお金の為だけに仕事はしたくない。

いつものおばあちゃんの見積りのためにポンコツを走らせる。

行ってみると板壁が傷んだので塗ってほしいという。

あっちかしから、こっちかしまでやって欲しいと

杖代わりの松の枝を振る。

小さな仕事で悪いけんどと私の肩を叩く。

お茶でも飲んで行けと座らされる。

私が以前おいしいといった固い煎餅がでてきた。

おばあちゃんは入れ歯だ。

お茶につけてふにゃふにゃにして食べている。

私の為に買っておいてくれたのだろう。

胸の奥に温かなあかりが灯った。

がりりとかじる。

虫歯がずきずきした。

 

 

 

 

植木の時、オレンジ色の鳥が寄ってきてかわいいったらなかった。

逃げない。

一服のときお客さんとそのかわいさを話した。

このお客さんは私に対して人として接してくれるから私も人として接する。

20年この仕事をしてきて学んだことは思いやりだ。

愛、慈悲という言葉と近いんだろう。

誤解されるときも多いけど契約とかお金だけとか気持ちがぎすぎすするような仕事はもうしない。

たぶん世界ってお互い様でできている。

仕事や生活や暮らしの中でそういうことを学びなさいってお天道さまが言っているような気がする。

おばあちゃんは目を細めて鳥を見ていた。

その目は温かさとちょっぴりさみしさをたたえていた。

 

空き家の管理

 

長年頼んでくれていた方が施設に入った。

庭仕事を頼まれた。

以前は梅が咲いた青桐がのびたお昼はとやっていた。

今は一人で作業を続ける。

クモの巣が張っていて庭に面した窓は雨戸が閉まっている。

いつもお茶を出してくれ私のことを心配してくれありがとうを繰り返していた。

にこにこの笑顔の目尻には苦労のしわが沢山あった。

思いやり、いたわり。この人は日本人なのだ。

私たちが受け継いでいかなければいけないのはそういうことなのだろう。

営業やら体裁やらメリットばかりの世の中でそのばあちゃんの笑顔を忘れない強さが欲しい。

人にどうであれ社会がどうであれ。

ばあちゃん無言で教えてくれたのは、北風に立ち向かうのは強さじゃなくやさしさであるということ。

寄付

今世界では6秒に一人の子供が餓えのために亡くなっている。

3億5千万人が貧困に苦しんでいる。

私たちにできることは少なからずある。

生活のための仕事ではあるけれどそこを超えてゆきたい。

今私たちの会社で、家の中で使っていないもの、まだ使えそうなものを集めてフリーマーケットで売っている。

その収益はWFP(国連世界食糧機構)に寄付をしている。

アフリカ、アジアの子供たちの給食プロジェクトに。

豊かになった私たちは商品、サービスを見極める目をもつべきだと思う。

社会貢献できているかどうかで判断するべきで大きいとか儲けているとかで選ぶべきではない。

目的のためにも手段は選びたい。

仕事は奉仕で、その対価をいただいて私は生きている。

その日は雨ドイの掃除の仕事をしていた。

季節がらトイの詰まりや掃除は多い。

屋根に登り枯葉やごみを取る。

茅ケ崎の街が眼下に広がる。

あの屋根は**さんだ。

その先の赤い屋根は**さん。

あっちの広い庭のおばあちゃんは元気かな。

あっちかしの家のワンちゃんはなどと考えながら手を休めて街並みを眺める。

いろんな人がこの街で笑ったり泣いたりして暮らしている。

それぞれが何かを抱え、支えあっている。

新聞を開くとぎしぎし音がするような世の中だけどけしてそれだけじゃない。

私たちはこの街で、何かを信じて生きている。

その何かはもろくて、忘れかけたり失いかけたりするけれど、それぞれの胸の奥にちゃんとある。

トンビが輪を描いてとぶ。

茅ケ崎の夏はもうすぐだ。

百日紅

私はその日さる業者さんの依頼を断った。
いくら稼げる仕事でもお金のためだけに仕事はしたくない。

困った、不便だを解消するのが私の仕事だ。

いつものおばあちゃんの見積りのためにポンコツを走らせる。

行ってみると板壁が傷んだので塗ってほしいという。

あっちかしから、こっちかしまでやって欲しいと杖代わりの松の枝を振る。

小さな仕事で悪いけんどと私の肩を叩く。

お茶でも飲んで行けと縁側に座らされる。

私が以前おいしいといった固い煎餅がでてきた。

おばあちゃんは入れ歯だ。お茶につけてふにゃふにゃにして食べている。

私のために買っておいてくれたのだろう。

胸の奥に温かなあかりが灯った。

いただきますと、心から言って齧る。

庭の百日紅はもうすぐだ。

 

手の皴

その日、キッチンの床がブカブカすると言うので行ってみることにした。

一人暮らしのおばあちゃんで、なるほど床が浮いてしまっていて、ぎしぎし音がする。

「張り替えるといくらかかるかねぇ」と予算を気にしている様子。

築二十五年、おおげさな工事にする必要はない。

「張り替えなくても、垂木を直して補強すれば平気ですよ」。

作業が終わると、おばあちゃんはお茶を淹れてくれ、抱きつかんばかりに喜んでくれた。

便利屋冥利に尽きるのはこんな時だ。

仕事をさせてもらった上に喜んでもらえる。

帰る時、「ありがとう」と私の手を握ってくれた。

おばあちゃんの手は、小さいけれど温かかった。

働き続けてきたしわしわの手だった。

 

100歳の言葉

仕事って何だろう。社会ってなんだろう。

インドにいったり、円覚寺で座禅をしてもわからない。

20年前、商売を始めた。

私の二番目のお客さんはこの7月で100歳になった。

まだ自信がなくて、必死にやった仕事をほめてくださり1000円を、

気持ちだからとくださった。

その1000円は宝物で、いつも財布に入れていた。

ありがとうと仕事をさせていただいた。人と人として向き合ってくれた。

長年やっていると、ごくたまにだけど失礼な電話もある。

依頼してくださるにしても最低限の礼儀はあるべきだ。

そんなとき、思いやりのすごさを教えてくれたおばあちゃんに会いたくなる。

心に突き刺さっている一言がある。「徳を積んでいるんだよ」。

 

仕事の意味

私たちは人なり社会に役に立つ仕事をしたいために儲からないきつい仕事を立ち上げた。

おばあちゃんは小さい仕事でごめんねといってくださる。

私はとてもうれしくて、心がほっこりする。

私は太鼓持ちじゃないしセールスマンじゃない。

体を使って真剣に仕事として向き合っているのできちんとした料金をいただく。

ごくたまにとても失礼な方がいると私はどんなに儲かろうとはっきりと断る。

頼む方も最低限の礼儀はある。

私は職人肌の心を持ち続けていたい。

不器用で頑固で偏屈かもしれないけど、真剣さと温かさ。

強いやつには向かっていくけど弱い方にはどこまでも寄りそう。

誤解されるときも多いけど私は私のやり方で仕事をする。

 

 

かたつむり

今日は草むしり。

おばあちゃんは、夏の手前の光の中で目を細めていた。

私たちは、生きていくために、今は必至だ。

支払いがすぐそこに迫っている。

でも、それだけなのか。

この人の目を見ていると、いろいろなことを考えさせられる。。。

生きるために、必死になっている。そうならざるを得ないさみしさ。

おばあちゃんは偉そうなことは何も言わないけれど、黙って私に教えてくれる。

私は真剣にそれを受け止めなければならない。

そうしないと、ただの阿呆になってしまう。

そういう人、最近増えたけれど。

それをわかxたうえで、それも越えていかなければいけないのだろう。

もうそれを、当の昔にこの人は超えているのだろう。

それができない自分がくやしい。

そんな幼稚なことを、この人には言えない。

だから、僕はただ仕事をして、帰ることだけしかできない。

おばあちゃんは偉そうなこと、何も言わない。ありがとうしかいわない。

でも、このおばあちゃんがいった言葉を僕は忘れない。

「私に施しを受けたのだと感じたら、他の人にそうしてあげなさい」

そうしようといつもしているけれど、まだできない。僕はまだ小さい。

かたつむりがいて、それに少し癒される。そっとしておこう。

いつか、そうできる時がくるのかなあ。。

 

空き家

天気が良かったので、空き家の管理を任されている住まいに向かう。

月に1回訪問し、風を入れる。

住まいは閉めっぱなしだと痛みが早い。

ここのおばちゃんは今施設にいる。

雨戸をすべてあけて風を通す。空気がゆっくり動きだす。

水道をひねり通水する。雨漏りや痛みがないか点検する。

庭に出てひと回りする。

そしてご近所に挨拶して回る。

雨戸を閉めながら、ふと丸いちゃぶ台が目にとまる。

ここでいつもお茶を飲んでいた。

言葉のひとつひとつが温かかった。

悪口を私は聞いたことがない。

鍵をかけてポストのチラシを集める。

ひっそりと建っているその住まいは、住む人を待ちわびているように見えた。

 

 

古民家

今日は15年来のお客さんの仕事。月に一度は頼んでくださる。

それもそのはず、築50年を過ぎた住まいはあっこっちが傷んでくる。

今風のおしゃれな住宅の中に、ひっそりと、だけどがっしりと建っている。

まるで古民家のような佇まいだ。

漆喰は湿気を吸いとる。障子は夏涼しく冬暖かい。畳は日本人の魂だ。

そしてここに暮らすおばあちゃんは、戦争を、戦後を生き抜いてきた日本の女性だ。

辛抱強く、情に厚く、温かい。

いつもありがたいありがたいと言い暮らしている。

不条理や理不尽や腰の痛さやさみしさを、丸ごと呑み込んで、

それでいて思いやりを持ち続けている。

梅が思いきり咲いていて、鳥が春を告げている。

おばあちゃんは目を細めてそれを見る。桜はもうすぐだ。

カラス

ペンキを塗っているとお客さんがお茶と一緒に置いてくれていた

煎餅をカラスがくわえて飛んでいった。

自転車のおじさんが「こらあ」と叫ぶと、カラスは慌てて獲物を落っことした。

近所のおばさんが笑いながら渡してくれたので、

とられる前にと袋を破いてその場で食べた。

3人で笑っていると、近くで井戸端会議をしていた女性陣が

大挙して押しかけてまあとにかくにぎやかになった。

ようやく解散になると、それぞれ道を掃いたり洗濯を干したりした。

町角には庶民の暮らしがある。

楽しいことも苦いことも噛みつぶして一生懸命生きている。

気配を感じて見上げると電信柱からカラスが私を見ていた。

今度は見つからねえように持って行けよと、

心の中で呟いて、再びペンキを塗り始めた。

感謝

仕事が終わるとお客さんがくれた心づけの袋に感謝と書かれていた。

胸がずきりとした。

しみじみと眺めていると私の中の何かがごろりと音がした。

忙しさに隠れていたものが動きだす。茅ヶ崎の街の色が変わる。

マラソンする人がいて、子供を連れたお母さんがいて、

はしゃぐ高校生がいて、杖をついて歩くお年寄りがいて。

八百屋さんがいて、床屋さんがいて、ラーメン屋さんがいて、

消防士さんがいて、お巡りさんがいて、看護師さんがいて。

太陽があって、雲が動いていて、風が行き過ぎて。

いろいろありながら、みな、一生懸命生きている。

それらを、今日の私は、何気ない茅ヶ崎の風景を、

祈るような心持ちで、温かい目で見つめることができた。

すべてのものに感謝ができた。

せんべい

私はその日さる業者さんの依頼を断った。

いくら稼げる仕事でもお金の為だけに仕事はしたくない。

いつものおばあちゃんの見積りのためにポンコツを走らせる。

行ってみると板壁が傷んだので塗ってほしいという。

あっちかしから、こっちかしまでやって欲しいと

杖代わりの松の枝を振る。

小さな仕事で悪いけんどと私の肩を叩く。

お茶でも飲んで行けと座らされる。

私が以前おいしいといった固い煎餅がでてきた。

おばあちゃんは入れ歯だ。

お茶につけてふにゃふにゃにして食べている。

私の為に買っておいてくれたのだろう。

胸の奥に小さなあかりが灯った。

がりりとかじる。虫歯がずきずきした。

 

入れ歯

久しぶりのお客さんから見積もりを頼まれた。

一年ぶりのおばあちゃんは、腰がくの字に曲がっていた。

頭にも白いものが増えたようだ。

それでもくしゃくしゃでニコニコの笑顔は変わらない。

入れ歯を新しくしたことを一生懸命に語る。

相変わらず明るい。とにかく仕事だ。

聞くとセールスの人が来て、屋根を直さないといけないと言われたという。

「年金だからねえ」と下を向く。

私はよしっと屋根に登った。葺き替える必要を感じない。

「補修で直りますよ」と上から怒鳴ると、おばあちゃんはうれしそうに手を振った。

大きな声で何かを言おうとすると、まだなじんでない入れ歯が落ちそうになった。

二人で声を上げて笑う。今度はしっかり口元を手で抑えていた。

いわし雲が静かに動いていた。茅ヶ崎の秋はもうすぐだ。

笑い

ここのおばあちゃんは笑い上戸で、私が何か言うとすぐ笑う。

その日もそうだった。

トイレの水漏れを直していると「直るかねえ」

冗談が通じる人なので「直るかどうかは神様に聞いてください」

コロコロと笑いだし止まらない。

もっと笑えばいい。

「あんまり笑うと入れ歯落としますよ」机をバンバン叩いて笑っている。

もっと笑えばいい。

いつも一人で暮らしているのだから。

「また血圧上がりますよ」お腹を抱えて笑い転げている。

もっと。

きっと泣きたいことも多いのだろうから。

「心臓止まらないようにしてくださいね」ひいひい笑っている。

この人にとっての荷や苦やさみしさが、ほんのひと時でも忘れることができたかなあ。

お茶

おかげ様で、私はこの仕事を始めて18年になる。

もうなのか、まだなのかわからないが、18年やっているとそれなりに知ってくれている方も増えた。

買い物に行くと挨拶をして下さる。

車で走っていると、クラクションを鳴らしてくれたり手を振ってくれる。

だから鼻くそもほじれない。

芸能人でもなんでもないのに。

この間、外で仕事をしていると近所のおばあちゃんがわざわざお茶を持ってきてくれた。

「みんな頼りにしてるのよ」

その言葉は、私の心を鷲掴みにした。

みんながこんな私によくしてくれる。

泥まみれの私は仕事の手を止めて茅ケ崎の5月の空を仰いだ。

トンビが悠々と飛ぶ。

私は首にかけていたタオルで 汗を拭くふりをして涙を拭いた。

 

人の痛み

見積りのため車を走らせる。

もう15年来頼んでくれている。最初のころからのおばあちゃんの紹介の紹介のお客さん。

茅ヶ崎の空が海のように碧い。

行ってみると、コタツにあたりながらおばあちゃんはテレビに見入っていた。

お茶を入れてくれたので一緒に見る。

地震の被災者に「大変だろう。どうするんだろう」。

自分と他人の区別がこの人はない。

人の痛みがわかるこの人を、私は大好きだ。

胸の奥に温かい灯がともる。

二人で涙ぐみながらしばらくせんべいをかじり、挨拶して外にでた。

車を走らせてから、いけねえと戻る。

見積りに行ったのだ。

まだまだあまいなあと、苦笑しながら私は頭をごちんと叩いた。

 

手すり

手すりを取りつけて欲しいとの依頼で私はでかけた。

もう五年来頼んでくれているお客さん。

耳が遠いのでチャイムを押しても聞こえないので、裏口から勝手に入る。

いつものことだ。いつもなら走ってくる犬のバンがいない。

でてきたおばあちゃんに聞くと先月亡くなったと瞳に涙をためている。

庭の隅にお墓が作られている。

私は手を合わせ、お線香を土に立てた。

とにかく仕事だ。

壁の柱を調べ、金具を調整し、手すりを取りつける。

手を動かしながら、茶の間をそっと見ると、

ちゃぶ台の前におばあちゃんがちょこんと座っている。

背中が丸い。

私は、頑張れ、頑張れと呟きながら作業を続けた。
たぶん聞こえなかっただろうけれど。

鉢巻

軒天が破れてしまったとの電話で私はでかけた。

行ってみるとはがれている。

「足場を組まなくちゃできないかねぇ」とおばあちゃん。

「数枚なら梯子で登れますよ」とベニヤを張り替えてペンキを塗ることを説明。

早速作業に。

古いベニヤをきれいにはがし溝に沿って張り替える。

よく晴れていた。

ペンキの準備をしていると「こんなボロ家でごめんね」とおばあちゃん。

しきりと恐縮しているので「そんなこと関係ないですよ」。

豪邸だろうとボロ家だろうと、またどんなお金持ちだろうと借家のおばあちゃんだろうといっさい関係ない。

ただ、ありがとうと言われると俄然やる気がでてくる。

単純な私はよしっとタオルを捻り頭に巻いた。

五月の風が心地よかった。

 

ありがとう

その日は驚異的な忙しさだった。

まずは不用品の処分の仕事でベッド、衣類、パソコンなどを引きとった。

そしてトイレの水が止まらないとの事でロータンクの修理。

次は梯子を積んで雨どいの詰まりと屋根の棟の営繕。

ペンキの見積り。

お昼にしようかと思っていると流しが詰まったとの電話で急いで車を走らせる。

終わって車の中でおにぎりを頬張っていると電話が鳴る。

猫が松の木に登って降りられなくなったという。すわと駆けつける。

よじ登り抱きかかえ、救出。

今度はカギがかからなくなったとの電話。

交換せずに修理で直った。

さすがに目が回りそうだ。

だけど、ありがとうという言葉を今日は何回聞いただろう。

指を折って数えていると、疲れがすうっと消えていった。

 

祈り

今日は久しぶりのお客さんからの依頼でペンキの見積り。

朝からよく晴れていた。

鉄砲道の先の富士山がでかい。

ラチエン通りを曲がる。

春が近いせいか、街はなんとなく華やいで見える。

年が二十も離れているこのご夫婦はいつも仲がいい。

外壁を塗って欲しいとの事で、平屋なので足場は組まないと説明し見積りをする。

旦那さんの方が若いので奥さんを気遣いながら家廻りをいっしょに一周する。

円満の秘訣をぜひ聞きたいのだが、なかなかきりだせない。

もっともそんなことは言葉で説明できるものではないのかもしれない。

奥さんの靴が脱げそうになったので旦那さんがしゃがんで直した。

柔らかい陽射しの中、その姿は、祈る人のように私には見えた。

 

耳が遠い

ラティスという塀を組んでいた。

デッキテラスに使うあれだ。

意外にお洒落でフェンスよりも安い。

腰の曲がったおばあちゃんはいつも作業する私のそばを離れない。

寒いので半纏にモモヒキ、下は長靴、軍手に赤い毛糸の帽子。

その格好がなんだか味があるのだ。

杖で体を支えながらあれやこれやと話しかけてくるのだが、少し耳が遠いので意思がなかなか通じない。

「寒いから入ったほうがいいですよ」

「ご飯は食べたわよ」

「風邪ひきますよ」

「パンは食べないんだよ」

とこんな調子。

それでも私は一生懸命に聞く。

言葉のひとつひとつが優しいからだ。

一度自分の中で暖めた言葉だから、とても温かい。

腰をさすってあげたい衝動を抑えながら私は穴を掘り続けた。

 

竹垣

風が冷たかった。

私は竹垣を組んでいた。

丸太で土台を作り、青竹を四つめに組んでいく。

男結びという縛り方で結ぶ。

しゅろ縄は水で締めて使うのだが、ごわごわしていて指が痛くなる。

午後になると指先が痛くなってきたので小休止。

静かな冬の日だった。と、

家の中から笑い声が聞こえた。

チェックのカーテンがかかった窓に視線を向けた。

茶碗を洗う音がする。

私は炬燵でみかんでも食べながらテレビを見ている温かい家族を想像した。

団欒(だんらん)という言葉が頭に浮かぶと、ほのぼのとしみじみとした。

よしっと立ちあがった。

ジャンパーの襟を立てると再びしゅろ縄を結び始める。

木枯らしが足元を通り過ぎた。

 

金木犀

カラーベスト瓦のペンキを塗っていた。

勾配が少ない時は足場は組まない。

水洗いの後、シーラーという下塗り、本塗り。

最後に瓦の隙間をすいて水の逃げ道を確保する。

意外に手間取る作業で、その日は思うように進まなかった。

屋根の上は照り返しで、熱い。

いらいらし、かりかりする。

顎から汗が滴り落ちる。
と、お茶ですよー、と下から呼ばれる。

降りて一服していると「いい空だねえ」とおばあちゃん。

見るとなるほど空が高い。

十月の風が金木犀の匂いを運ぶ。

私は自分が恥ずかしかった。

この見事な秋に気づかずに何をあくせくしていたのだろう。

おばあちゃんの表情は穏やかだが、生活の重みがあった。

まだまだだなあと私は空を仰ぎ見る。

雲ひとつない空をトンビが舞っていた。

 

引越しをするのでハウスクリーニングをして欲しいとの依頼だった。

「主人の転勤で四国に行くことになったから」

まずは水廻りから。

浴室、トイレ、キッチン、換気扇。

そして窓廻り、壁、床と進む。

クロスの色鉛筆のいたずらを落とす。

カーペットのコーヒーのシミを抜く。

柱には唄の文句のような傷がある。

襖には小さな穴があいていた。

家族の暮らしの跡が、あちこちにある。

笑ったり泣いたりして暮らした跡を次々に消していく。

作業が終わると奥さんは、きれいになった部屋をじっと見入っていた。

外に出てカギをかける。

かちゃりと音がした時、その人の中でも何かの音がしたようだった。

夕まぐれの空は秋の気配がした。

今年は秋が早えやと、金木犀の香りを私は大きく吸い込んだ。

 

意味

その日はカギの技術講習のため東京へでかけた。

人の多さに改めて驚いてしまう。

とにかく地図を頼りに会場に到着。

講習は無事に終わった。

帰りは夕方のラッシュに巻き込まれた。

立ち止まると後ろから肩をぶつけられる。

きょろきょろしている時間もない。

少しうつむきながら、同じ顔で、同じ歩調で駅へと急ぐ。

電車は混んでいて押し合わなければ乗ることもできない。

私は大変だなぁと小さく息を吐く。

みんな大切な誰かがいるから頑張れるんだろう。

自分のためではなく家族のためだから頑張るんだろうと思うとしみじみとした気持ちになる。

茅ヶ崎駅に着くと、皆そうするように、家への道を急いで歩いた。
潮の香りがした。

 

いらなくなったもの

不用品を処分して欲しいとの依頼で、

行ってみると旦那さんの使っていた物だと言う。

「主人が死んで一年過ぎたから…」。

ふと見るとお仏壇に新しい花が手向けられている。

とにかく仕事である。

桐の箪笥、背広、布団。その人は運び出されて行くのをじっと見入っている。

ひとつひとつにどんな思い出が詰まっているのだろう。

釣り道具、本、雑貨類。かたわらの背中が小さい。

この人は今どんな気持ちでいるのだろうと思うと手の動きが鈍くなる。

私は奥歯を噛みしめながら作業を続けた。お代を頂き帰途につく。

トラックの荷台で、廃棄される品々がぎしぎし音をたてる。

ロープがけの腕がまだまだ甘いじゃねぇかと、私は頭をごつんと叩いた。

 

その日の仕事はペンキだった。

五月の空をトンビが舞っていた。

昼に弁当を食べていると、お客さんがヌカ漬けをだしてくれた。

うまいったらない。

食べ終え、お茶を飲んでいると、

前から頼んでくれている隣りの奥さんが煎餅を持ってきた。

話し込んでいると、今度は近くのおばあちゃんがお饅頭を手に。

「元気そうね」「体に気をつけて頑張るんよ」

ぽかぽか陽気の中、笑い声は絶えない。

食べ過ぎて少し苦しかったけど、温かくなれた。

事件や戦争など、新聞を開くとミシミシ音がするような時代だけど、

でもそんなことばかりじゃない。

私は立ち上がるとタオルを捻り頭に巻いた。

気持ちがぐいっと引き締まる。

お腹だけじゃなく、胸の中までいっぱいだった。

沈丁花

いつも頼んでくれるお客さんからの電話だった。

雨漏りがするという。

屋根に登ってみると、カラーベスト瓦が色あせ、そりがでている。

結局、防水工事と塗装をすることに。

下地調整、コーキング、下塗り、本塗り。

よく晴れていた。

鉄砲道の向こうの富士山が白い。

私は手を休めて眼下の街並みを見渡した。

色とりどりの屋根。

人や自転車が行き交い、トンビが輪を描いている。

茅ヶ崎の街がそこにあった。

人がいて、家族がいる。

この街で私たちは笑ったり泣いたりを繰り返す。

穏やかな風にふと我に返った。

いけねぇと再び手を動かす。

風はまだ冷たかったけど沈丁花の匂いがした。

茅ヶ崎にも春がきていた。

 

あるネイティブの言葉

おかげ様でこの仕事を始めて18年になるので、名前を知ってくれている人もかなりいるようだ。

この前も初めてのお客さんが電話をかけてきて細かい仕事で申し訳ないといっていたが、どんな小さな仕事でも私は断らない。

必ず見積りをしてから仕事をする。

電話口でははっきりしたことはわからないからだ。

私は営繕の大工をやっていたので、今風のおしゃれなリフォームはできない。

昔ながらの修理、修繕で何とかしてしまう。

業者さんの下請け仕事はしない。

セールスや余計な仕事は一切しない。

必要だから依頼され、必要だから仕事をする。

あるアメリカインディアンの言葉が私は大好きだ。

「川には魚がいる。畑にはトウモロコシがある。こんなに豊かじゃないか」

 

満点

 

ここのおばあちゃんはいつもありがたい、ありがたいと暮らしている。

ありがたいのはこっちだ。

仕事をさせてもらっているのだから。

体は大丈夫なのか、仕事はあるのか、と気づかってくれる。

気づかうべきなのはこっちだ。

腰がくの字に曲がっているのだから。

無理しないで頑張るんだよ。

それもこっちのセリフだ。90に手が届くお年なのだから。

相手をまず考える。思いやる。日本人なのだ。

私たちが受け継いでいかなければならないのは、きっとこういうことだろう。

そしてこっちが照れ臭くなるほど、いつも私をほめてくれる。

単純な私は、だから一生懸命塗るから顔中ペンキだらけになった。

それを見ていたおばあちゃん、「あんたは満点だ」。

その日、私は生まれてはじめて満点をとった。

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